【インタビューNo.3】岡田真理氏(ベースボール・レジェンド・ファウンデーション代表)
2021/3/17
スポーツライターでNPO法人ベースボール・レジェンド・ファウンデーションの代表を務める岡田真理氏からお話を聞きました。
(ご経歴)
スポーツライター、准®認定ファンドレイザー。
1978年静岡県生まれ。立教大学卒業後、UCバークレー(IDP)でマーケティングのディプロマを取得。帰国後アスリートのマネジメント業を経てライターに転身し、スポーツ選手のインタビュー記事やコラムを執筆。2014年にNPO法人ベースボール・レジェンド・ファウンデーション(BLF)を設立。2017年からプロ野球静岡県人会の事務局長を務める。2018年にはジョージ・ワシントン大学でスポーツフィランソロピー(スポーツにおける慈善事業)を学ぶ。2020年、静岡県サッカー協会の理事に就任。著書に 『野球で、人を救おう』(KADOKAWA・2019年11月刊行)がある。
インタビュアー 樽本 哲
ベースボール・レジェンド・ファウンデーション
‐本日はスポーツライターでプロ野球選手や球団の慈善活動のサポートを行うNPO法人ベースボール・レジェンド・ファウンデーション(以下、BLF)の代表理事の岡田真理さんに、プロスポーツと社会貢献活動についてお話をうかがいます。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
‐はじめに岡田さんのお仕事とBLFを立ち上げたきっかけを教えていただけますか。
私はアスリートのマネジメント会社を2007年に退職した後、もともと好きだったプロ野球の世界でライターとして取材や執筆などの仕事をするようになりました。ライターとして働くうちに、野球の本場であるアメリカでもっと野球のことを奥深く知りたいという思いが強くなり、2013年に1年間アメリカに滞在して野球の取材をしました。そのときに、アメリカのプロスポーツと社会貢献や社会との繋がりというものを身近に感じる機会があり、日本でもきっとそれが必要とされるだろうと考えて、帰国した翌年の2014年にBLFを立ち上げました。
-BLFが最初にサポートした野球選手を教えてください。
最初に関わらせていただいたのは阪神タイガースの岩田稔選手(投手)です。彼が一型糖尿病の患者で、BLFを立ち上げる前から一勝するごとにNPO法人日本IDDMネットワークさんに10万円を寄付するという活動をしていました。ただ、それがなかなか阪神ファン以外の人に知られていなかったということと、彼が今後引退した後にも啓発活動をより積極的に続けていくことを将来のビジョンとして描いていたこともあり、現状よりももう少し踏み込んだ啓発ができたらと相談がありました。私がたまたまライターだったということもあり、出版の企画・プロデュースをBLFとしてお手伝いをさせていただいたことが最初ですね。
-書籍の出版は啓発にどのくらい影響があるものなのですか。
非常に影響は大きいと思います。プロ野球界でスポーツ報知さんが主催しているゴールデンスピリット賞という賞があります。それは社会貢献に最も尽力した選手を年に一回選ぶ賞です。岩田選手はその本を出版した翌年にこの賞を受賞しました。出版によって阪神ファンだけでなくていろんな人に彼が一型糖尿病であることや、いまでも1日4回インスリン注射を打ちながらプレイしている現状をしっかり伝えられたことも受賞につながった要因ではないかと思っています。
-岩田稔選手以外にもBLFがサポートしている選手は複数いらっしゃいますよね。差し支えなければ他の選手についても教えてください。
現在BLFがサポートしている選手・OBは6名です。福岡ソフトバンクホークス所属の千賀滉大選手やオリックス・バファローズ所属の吉田正尚選手らが参加しています(※1)。
-千賀選手も吉田選手も近年素晴らしい活躍をされていますね。
二人とも支援活動を始めてからそれぞれ奪三振、ホームランのキャリアハイを記録しましたし、2020年シーズンはそれぞれ投手三冠、パ・リーグ首位打者のタイトルを獲得しました。おかげさまで素晴らしい選手に囲まれております。
-好調の理由はもちろん本人の努力に加えてチームのサポートなど色々あると思いますが、選手たちは社会貢献の取り組みもその一助になったと感じているのでしょうか。
吉田選手は「国境なき子どもたち」を支援しているのですが、団体の方が支援先の子供たちの写真を時々送ってくださいます。その写真を本人に送ったところ、思っていた以上に活力になっていたようです。ビジュアルで見えるものがあることで「1打席も無駄にできないな」と本人は言っていました。それまでは普通に打席に向かっていたものが、ホームラン1本につき10万円を寄付することで救えるものがある。10万円あると開発途上国の子供たちをかなり救うことができるので、本当に無駄にできない打席だという思いが強くなったそうです。
(※1)BLFがサポートする6名の選手と支援内容は次のとおり。
各選手の支援活動の詳しい内容はBLFの活動紹介ページで確認できる。
- 東北楽天ゴールデンイーグルス 則本昂大選手(東北の子どもの教育支援)
- 福岡ソフトバンクホークス 千賀滉大投手(「オレンジリボン運動」支援)
- オリックス・バファローズ 吉田正尚選手(開発途上国の子ども支援)
- 千葉ロッテマリーンズ 角中勝也選手(地元・石川県の障がい者支援)
- 中日ドラゴンズ 吉見一起投手(「アゲインボールプロジェクト」)
- 阪神タイガース 岩田稔投手(「IWATA PROJECT 21」)
BLFが大切にしていること
-選手の活躍が支援につながるだけでなく、受益者の存在が選手に力を与えるという関係が本当に素晴らしいですね。岡田さんがBLFで選手たちをサポートするときに一番大切にしていることは何ですか。
一番大事にしているのは、支援先を選手本人に決めてもらうことですね。BLFが社会貢献のコーディネートをする際は、こちらが「この団体どうか?この団体がいいよ」という誘導はせずに、選手と会話のキャッチボールをして、どういうところに興味があるかをヒアリングします。その中で「この活動をしている団体にこういうのがあるよ」、「これはちょっとどうかなと思います」、「これはいいと思います」というふうにアドバイスをして、最終的に「ここにします」というのは本人が主体的に決めるようにしています。
-選手たちが自分で決めて寄付するからこそ、試合に対する想いがより強くなるわけですね。支援先の団体の次は具体的な支援内容を検討すると思うのですが、どのように決めているのですか。
支援の内容は最初から自分で決めている選手が多いです。吉田選手からは「ホームラン1本につき10万円寄付できるイメージでやりたいです」と言われて、支援先のことだけ相談に乗ることになりました。千賀選手の場合も奪三振ごとに1万円を寄付することは本人が最初から決めていました。BLFから成績連動型の支援の提案は特にしていません。しかし元阪神タイガースの赤星憲広さんの1盗塁ごとに1台の車椅子を寄贈するという取り組みが有名で、日本のプロ野球では成績連動型の支援が定着しています。私はそこまで成績連動型の支援にこだわりはないのですが、選手たちにはモチベーションになるようです。
-吉田選手は国境なき子どもたちという開発途上国の児童の貧困問題などを解決する国際NGO、千賀選手は子ども虐待防止のオレンジリボン運動にそれぞれ寄付を届けていますね。選手たちと支援先団体やその先にいる受益者の方々との交流はどのようにしているのですか。
千賀選手の場合は子どもの虐待防止がテーマなので受益者である一般家庭の虐待を受けている子どもに直接会いに行くことは現実的ではありません。彼の場合は、寄付先の団体に「きちんと啓発につなげてください」との思いを伝えて寄付金を託しています。千賀選手は2020年のコロナ禍でオレンジリボンの支援とは別にクラウドファンディングを行い、集まった資金を子どもNPOセンター福岡さんに寄付して、そこから福岡市内の里親家庭さんなどに消毒液とかマスクなどを贈る支援もしました。コロナ禍で直接は会えなかったのですが、里親家庭の方や子供たちから感謝のお手紙をいただきました。それが千賀選手のInstagramに載っているのでぜひ見ていただきたいです。本人も手書きの手紙をいただけて嬉しかったようです。
-コロナで試合が思うようにできないときに、そんな活動をされていたとは驚きです。
吉田選手の場合も、受益者の子どもたちが海外にいるので会いづらく、今は写真やメッセージなどのやりとりのみで交流しています。現地の子供たちが吉田選手の名前入りの紙で作ってくれた横断幕の写真を送ってくれるなどの交流があるので、本当にいつか会いに行けたらいいなぁと思っています。世の中の時勢を見ながら、なるべく受益者の方たちと会う機会は作っていきたいです。
日本とアメリカの違い
– 岡田さんはアメリカのスポーツにおける寄付文化を見てこられてBLFを立ち上げていますが、実際にご覧になったアメリカと今の日本の違いはどういうところにあると考えますか。
そうですね。やはり圧倒的な差は仕組みです。アメリカではほとんどのプロスポーツチームにそれぞれNPO組織が独立した形で存在していて、そこで社会貢献の多くの活動を担っているというベースがあります。例えば読売ジャイアンツだったら、読売巨人軍という会社とは別の組織としてNPO法人読売ジャイアンツというものが存在し、そこで球団経営に影響を受けない形で独自にファンドレイジングをして活動しているようなイメージです。そのような仕組みがアメリカでは当たり前になっています。
-アメリカのような仕組みを作るために、日本がまずやるべきことはどういうことだと思いますか。
まず専門知識を持ったスタッフが必要だと思います。日本では「社会貢献をやったほうがいい」ということはみんな分かってはいるけれども、その方法を学ぼうという考えを持った方はまだ少ないですね。おそらくファンドレイザーという資格や日本ファンドレイジング協会の存在もそこまで知られていないのが現状だと思います。
-どうすれば日本のスポーツ界に寄付文化が定着していくと思われますか。
私の解釈ですが、アメリカのアスリートやセレブリティの方たちはもらえる金額が大きいですよね。そのギャラの中に競技に対する対価はもちろんですが、それ以外にファンサービスや地域貢献といったことも全部ひっくるめた上での大きな年俸だという認識がおそらくあると思います。一方で日本はその年俸の査定項目が基本的には競技の数字です。そこにもう少し社会貢献をしている選手はプラスというような査定が入ってくると、社会的価値も含めたものがあなたの年俸の対価ですよという感覚がアスリートにも生まれてくるのかなと思います。
-以前B.LEAGUEの常務理事・事務局長をされていた葦原一正さんにNBAの選手やチームによる地域貢献やボランティアの話をうかがったことがあります。企業のCMに出るようなトッププレイヤーが自然にボランティア活動に参加していて、本人やファンたちもそれを当たり前だと感じる空気があるということでした。競技のフィールドの外でもそのチームに所属する選手としての振る舞いが求められているということでしょうか。社会的価値の評価は簡単ではないと思いますが、そもそも球団側にそれが分かる人間がいないと導入できないですよね。
社会的な活動に対して価値を感じられる球団職員がいることが重要ですね。これからはもっと選手の人間性の部分を評価してもよいのではと思います。
スポーツ選手が寄付を募ることの意味
-次にお聞きしたいのは、選手自身が寄付するだけでなくファンドレイザーとして支援先の団体に寄付を呼びかけていく支援についてです。その関係でBLFとして取り組まれていたのが1つはコロナ基金(※2)で、それ以外にも選手が一般の方も参加できる寄付プラットフォーム上で寄付を募ったりされていますよね。スポーツ選手が寄付を募る活動をすることの意味と、岡田さんがそれについて感じていることがあったら教えてください。
クラウドファンディングサイト「READYFOR」上で行われていた新型コロナウイルス感染症の拡大防止活動を支援するための助成プログラム。2020年4月3日に立ち上がったこのプロジェクトに、日本プロ野球選手会会長の炭谷銀仁朗選手(読売ジャイアンツ)と12球団の選手会長が賛同し、自ら寄付するとともにTwitterなどで寄付を呼びかけた。最終的に200名超の現役プロ野球選手を含む2万人余りの支援者が同プロジェクトを支援し、日本における寄付型クラウドファンディングとして史上最高額の7億2千万円もの寄付が集まった。MLBからも田中将大選手が同プロジェクトに寄付したことでも話題になった。岡田さんはBLFの代表として選手会事務局や日本人メジャーリーガーたちにこのプロジェクトの情報提供を行い、選手らによる支援のきっかけを作った。
社会貢献が堅苦しいという印象が日本では特に強いと思います。それを打ち破る最も良い手段の一つが好きなことを通じて社会貢献することだと考えます。一般の方や野球ファンの方たちも、世の中に対して何かやってみたくても何をしたらいいかわからない人がたくさんいると思います。その時にスポーツ選手が旗振り役になるというのは非常に重要です。自分の好きな選手と一緒に支援活動ができる、普段は柵の向こうのスーパースターと自分が同じ目線で同じ取り組みに、もちろん支援の金額は違うかもしれないけれども参加することができる、というのは大きいと思います。クラウドファンディングの寄付者のコメント欄で、例えばソフトバンクの柳田悠岐選手のコメントの次に自分のコメントが並んでいるというようなことがあると、ファンとしてまた違った喜びがあり、それが成功体験になると思います。そこから違うことにまたチャレンジしてみたり、今度ボランティアやってみようかなと思ったりする可能性もあると思っています。だから、野球などの“好きなこと”は寄付や社会貢献を経験したことのない人にとってのタッチポイントのような役割が果たせると思います。
-影響力のある野球選手だからこその役割ですね。ファンがグッズを買ったり試合に出かけて応援すること以外に選手をサポートできる機会を、球団はもっと提供してほしいと思います。
Player’s Plus
-最後に最近岡田さんが立ち上げに携わった社会貢献のメディアがあると聞きました。そのことについても教えていただけますか。
プロ野球のニュースというのは試合結果などの速報がメインになります。それだと、選手のグラウンドの外の活動の情報はどうしても埋もれてしまうので、選手や球団の社会貢献活動を集約させたメディア「Player’s Plus」を2020年12月に立ち上げました。日本プロ野球選手会のオウンドメディアという位置づけです。
-スポーツ選手の社会貢献に特化したメディアというのは日本ではじめてですよね。スポーツライターでBLFを通じて野球選手の社会貢献をサポートする岡田さんだからこそできる素晴らしい企画だと思います。どのような経緯で立ち上げたのですか。
元々、選手会の方たちとそういった情報を集約したものを作りたいねと話をしていたタイミングでコロナが流行り、コロナ基金への支援を実施しました。選手会としてこのコロナ基金が大きな成功体験となり「まだまだコロナも続いているから継続させていくことが大事。これをきっかけに野球選手が当たり前にチャリティをやる事を定着させたい」と現在各チームで選手会長をしている12人の選手と選手会会長である読売ジャイアンツ・炭谷銀仁朗選手、理事長であるソフトバンク・松田宣浩選手の14人で彼らが選手会に関わっている間にそのようなムーブメントをしっかり作っていこうということになり、私も裏方の一人としてサポートしてローンチしたという流れです。
-野球は日本のプロスポーツの代表格ですからそのムーブメントが他のスポーツにも波及していきそうですね。
そうですね。やはりコロナ基金の時も他の競技の選手が後に続いてくれたという動きもあったので、野球選手が社会貢献をするということは常にメディアの方たちも注目してくださいます。スポーツ界での影響力は大きいのでそこは選手たちにも使命感を持ってやってもらえたらいいですよね。
-本日は日本のプロスポーツの社会貢献の可能性や意義について貴重なお話をうかがうことができました。ありがとうございました。
ありがとうございました。
2020年12月25日対談
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