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【インタビューNo.5】渡邉文隆氏(ファンドレイザー/博士後期課程学生)

2021/7/8

ブラジル・ウガンダでのNPO長期インターンや環境ビジネス企業のマーケティング担当などを経て、現在はファンドレイザーとして活躍する渡邉文隆氏(公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団 / 京都大学経営管理大学院博士後期課程)に、お話を伺いました。

インタビュアー 樽本 哲

医学研究の分野で社会貢献
ファンドレイザーという仕事

-現在、公益財団法人iPS細胞研究財団の社会連携室長ほか、京都大学でマーケティングを学ばれている渡邉さんですが、現在にいたるまでの経緯をお聞かせください。

学生時代はあしなが育英会で街頭募金に参加したり、ブラジルやウガンダでエイズ予防やエイズで親を失くした子供たちのケアをしたりといった活動をしていました。その当時から興味を持っていたのが、商業マーケティングの手法を使って、NGOの活動をいかに良くするか、ということ。そこで、企業に入りCSRの分野で活動をしたいと、2006年にアミタホールディングス株式会社(以下、アミタ)に入社しました。リサイクルやコンプライアンス支援等のサービスのマーケティング担当を務めた後、2013年6月から、京都大学iPS細胞研究所でファンドレイザーとして活動しました。

-就職された当時は、日本でファンドレイザーという職業があまり知られていなかった時代ですよね。京都大学といえば、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞された、山中伸弥教授が京都大学iPS細胞研究所(CiRA、以下サイラ)の所長を務められています。寄付募集のマーケティングアドバイスなど、コンサルタントとしてのご経験はあったそうですが、ファンドレイザーとなったきっかけは何だったのでしょうか?

長男の病気がきっかけでした。長男は先天的な病気を抱えていたため、生まれた翌日に大きな手術を受けました。その際、献身的な医療従事者の方が支えてくださったことに加え、費用のほとんどが、高額療養費制度でカバーされました。日本の医療のすごさを実感した、衝撃的な出来事でしたね。この時、学生時代にHIV/エイズの分野で活動していたことを思い出し、医療に貢献する仕事をして恩返ししたいな、と感じたんです。家の近くに京都大学があり、サイラのファンドレイザーの求人がTwitterで流れてきたことがきっかけでした。
ファンドレイザーになった当初は、年間5億円の寄付募集が目標でした。もしお金が集まらなかったら、iPS細胞の研究が遅れ、将来的には多くの患者さんに迷惑をかけてしまうのではないか。重責を担うとともに、絶対に失敗できないという気持ちが強くありました。そこで、大学の図書館で寄付についての研究を調べ、それに沿って寄付募集をしていました。山中伸弥所長のリーダーシップのもと、所内外の多くの人が協力くださり、チームのメンバーも増えて、私がサイラに所属していた最終年度の2019年には単年度で50億円を越える寄付が集まる状況になりました。

通常とは異なる
需要・定価・原価のファクター

-現在はサイラではなく、公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団(以下、iPS財団)でお仕事をされていると伺いました。

サイラには、もともと600名ほどの教職員がいましたが、その中で90名弱がiPS財団に移りました。一番大きな理由としては、大学が法的に実施可能な業務かの判断が難しい「実用段階での細胞製造」をしていくにあたり、別法人にした方が法的な問題がクリアになるというものでした。サイラとiPS財団では、法人としても別ですし、ご寄付の用途も違うため、ファンドレイジングも別々に行っています。
加えて、細胞の製造や評価等に携わる技術者に対し、終身雇用や報酬体系など、大学とは別の人事制度が適用できたり、企業連携においてもスピーディーに対応できるというメリットもあります。年間3万件を超える寄付を受け入れていたサイラからiPS財団に移って、寄付者0名からスタートすることになりましたが、今回も絶対失敗できない寄付募集なので、マーケティング等の理論を頼りにファンドレイジングをしています。

-寄付を集めるために、マーケティングはとても大切な要素の一つですよね。寄付において、通常のマーケティングとの違いは何でしょうか?

改めて寄付について考えたとき、他の商品との大きな違いが主に三つあることに気がつきました。
一つめは、ある側面では需要がないこと。例えば、パンやティッシュは、どんなブランドのものでもいいから欲しい、というニーズが想定できます。しかし、どこの団体でもいいから寄付したい、お金を捨ててしまいたい、というニーズは基本的にはありません。二つめは、原価がないこと。寄付者に対し経済的価値のあるものを返すことがありません。最後、三つめは定価がない。そのため、寄付者は好きな額を寄付できます。
需要・原価・定価において、通常のマーケティングとはかなり異なっている点が本当におもしろくて、20年もこのテーマで仕事や研究をし続けています。

研究の世界と現場
二つをつなぐ架け橋に

-それはとても興味深いですね。消費財は需要が満たされるとそれ以上の需要は起きませんが、寄付はそうではない。しかし、ある側面では需要がないといっても、現実世界で寄付は多く発生していますよね。

つまり、ある定義においての需要は存在していて、当然に寄付を募る団体間の競合関係もあると思います。寄付者の資産の中で社会貢献にまわす金額は、人によっても社会情勢によっても変わるでしょう。寄付市場が健全に発展していくうえで、基礎情報となるような議論や研究をして、NPOの現場や業界にシェアすることが大事だと思っています。

-日本では、いわゆる実証的なデータに基づく寄付のマーケティング研究はまだまだこれからですよね。昨年から、渡邉さんが京都大学経営管理大学院に入った理由もそこにあるのでしょうか。

そうですね。寄付募集ひとつとっても、経済学や経営学を現場の実務に落とすリソースが非営利組織に足りてないと感じています。博士課程でこの1年半の間、有益な論文を集めたら、個人寄付に関するものだけで約1400ほどもありました。学術の世界には膨大な蓄積があるのに、現場の人にはほとんど知られていません。
学術研究の知見というのは、すぐには現場に応用できないので、実務への応用のポイントを示す研究も大切だと思います。現場側のニーズを学者の方々にお伝えするのも重要です。研究と実務をつなぐ役目を果たしていきたいです。

寄付者の自発性を大切に
思いの実現をサポート

-情報があふれる世の中で、あらためてファンドレイザーの役割を考えたときに、寄付者が必要としている情報をコンパクトに届けることも必要になってきますよね。

寄付は押し売りではなく、自発性がとても大切です。寄付者のお考えを伺うと、みなさんご自身の様々な体験を話されるんです。その中で、この方の人生にとって、iPS細胞技術に寄付するとはどういうことなのか、やり取りの中で徐々に明確化するプロセスが必要です。
寄付を検討する段階でおいくつであっても、人間は物事を知り、調べる中で、社会の見え方が変わります。表現は難しいですが、寄付を通じて人は変化・成長すると考えます。それはご本人にとっても大きな価値になる。ただし、学術研究への寄付などの場合は、寄付検討者からすると、寄付先から話をしっかり聞いてみるまでその質や価値が分かりません。技術的に難解な研究への寄付を考える場合には、寄付検討者にはなんらかのインプットが当然必要となってきます。また、寄付者の思いを高いレベルで実現するには、現場への支援とシステムの改善の両方が求められるような場合もあるでしょうから、キフタントさんのようなフィランソロピック・アドバイザーの役割は、とても重要だと思います。

―自発性を尊重しながら、内側からあふれる思いをくんで、その方が本当に意義を感じる寄付をカタチにしていく。キフタントでも大切にしていることの一つです。寄付の中で、チャリティとフィランソロピーの違いはありますか?

私が先行研究を基に調べたチャリティは「家や食べ物がなくてつらい」といった、緊急性の高い人道的ニーズに基づくものであり、ユニバーサルにその価値が共有しやすい傾向があると思います。逆にフィランソロピックなテーマは、例えばの話ですが、有名な歴史上の人物の記念館に寄付するなど、とても個別性が高く価値判断が難しいケースが多いと思います。加えて、医学研究などのハイリスク・ハイリターンな目標を目指していたり、変化を起こすのに長い時間がかかる、といった特徴を持っていると思います。だだ、いろいろな解釈があり、定義は世界的にも一定ではありません。

伝統的な非営利組織への人材・資金の供給で
社会システム全体の改善を

-ボランティアやプロボノ(※知識や経験など、スキルを生かしたボランティアのこと)、ファンドレイザーなど、幅広く活動を続けられている渡邉さんですが、これからの展望をお聞かせください。

寄付や非営利組織に、人生の半分以上である20年を費やしてきました。NPOの現場で長く活動する一方で、これを続けることで数十年後に社会がよくなっている、という確信がなかなか持てませんでした。今振り返ると、選挙制度や学校教育、公共施設といった、コミュニティや社会のメインシステムを構成する伝統的な非営利組織にもっと着目し、関心を寄せるべきだったと感じています。
最近、省庁の働き方改革など、社会の仕組みを担う組織がどう運営されているか、といった問題が議論されるようになりました。伝統的な非営利組織は社会のインフラですから、それらの組織に対して、もっと人材や資金が集まり、改善が行われるべきだと思います。私が海外でのNGO活動や民間企業を経て大学に転職したように、NPOや企業で活動した人が伝統的な非営利組織にファンドレイザーとして転職して、システム全体をよくするための資金を募るケースが増えてほしいです。これからも研究や実務を通じて多くの非営利組織のファンドレイジングに携わっていくと思いますが、多くの人と協力し、20年後に振り返った時に後悔しなくて済むような、より大きな貢献を目指していきたいです。

2021年5月20日 インタビュー

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